自分に自信がない…自己肯定感の低いあなたへ

みえないこころの話

『自己肯定感』

そんな言葉が流行り出してから、それまでは『自信がない』だ『自尊心がない』という言葉で済まされていたものが、今では当然のように浸透した。

自己肯定感という言葉がネットだけでなく街中でも見るようになってから、自己肯定感を上げよう!なんて自己啓発本やネット記事も多く見かけたが、そんなことでバックヤードに無い自己肯定感を上げられるなら、この日本はもっとイキイキした人でごった返しているだろう。百均店員のごとく、そこに無いなら無いですね、だ。控えめに言って、とても苦手だ。

今これを読んでいるあなたは、自己肯定感が低い人間だと思っているのだろう。実はこんなことを書いている筆者も自己肯定感が低い人間である。

ちなみに自己肯定感が低い、高いとはどのようなことを指すのだろうか。

自己肯定感が高いのは、自分に自信があって、やる気がみなぎっていて、ハキハキと元気で、どんな事柄でも自分の意見を主張し、周りからも愛され、誰かを信じて疑わないことだろうか。

自己肯定感が低いのは、やること成すこと自分に自信がなく、常に悩みでいっぱいでどんよりしており、何をやるにも足踏みをしてしまい、周りの様子を窺い自分の意見を言えず、周りを信用することもできずに孤独を抱え、自分を責めて自分すらも愛せない状態だろうか。

こうして見ると明らかに前者のほうが素敵な人間に見える。後者のほうがネガティブであんまり近寄りたいと思えないだろう。残念なことに現代社会は、自己肯定感が高く明るい人間のほうが良いという美徳もある。

だが、筆者は考える。まず、その思い込みをやめてほしい。そもそも自己肯定感という概念自体、自分の中から消し去ってしまった方が良い。

消し去れないのなら、別に自己肯定感が低くてもいいじゃないか。

と、思うことが自己肯定感がある、ということになるのである。

いろいろな誰かも言っていたが、自己肯定感とは、ありのままの飾らないこんな自信のない自分でもいい、と自分自身で認めてあげられることなのである。

自己肯定感が低い人というのは、心のどこかで自分に呪いをかけている。それは幼少期からの経験だったり、毒親からの洗脳であったりいろいろあるとは思うが、こんな自分では愛されない、見てもらえない、認めてもらえない、完璧な私でいなくてはならない、と思い込んで自らの首を絞めているだけなのである。

理想を持つことは別に悪いことではない。でも実際、人それぞれ日常的に耐えうるキャパは違うし、個人が持つ能力には限界がある。

ずば抜けて天才な人はともかく、大抵の人はなんてことはないただの凡人なのである。

所詮、自分は自分でしかない。人間ごときが神にはなれない。

諦めのようではあるが、結局そうなんじゃないかと筆者は思う。そのほうが気持ち的に楽じゃないか?

それでも自己肯定感は高いに越したことはない。そのほうが人生をよりよく生きていける。

そう思うなら、こちらの記事も参考にしてみてほしい。

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