死にたいって生きづらいよね

ひとりごと

布団に入って、横になって、目をつむって、

このまま気づいたらいなくなってしまえばいいと、思ってしまう。

私が眠り、意識の無い内に、気づかないようにゆっくりと命がなくなってしまえばいいと思う。

心臓を覆い尽くすような数多の『死にたい』の感情に、『生きてゆくのがただただつらい』『苦しみから解放されたい』『死にたくなるほど悲しい』が、心の奥底にとっ散らかって傷をつけ血が滲んでいる。

生きましょうなんて言えません。生きたいと思っても生きられない人がいるとか知らないし、とても生きたいなんて思えないし、生きるのに疲れてしまったから。

それでいいのです。ただ、死なないでください。

自分の好きを探してください。

好きなものに囲まれて、好きなことをしてください。

もう頑張らないでください。もう頑張らなくていいのです。

私も死なないように、頑張らないように息をしていますから。

私も鋭利な刃物で突き刺されるような思いを、鉛のように重くのしかかる苦しみを、たくさんしてきました。

生きようと頑張らなくていいのです。死なずに過ごしましょう。私と一緒に死なないようにしましょう。

お茶でも飲んで、静かな場所で、なんでもないお話でもしましょう。

どうしようもなかったらそのときはそのときでいいのです。もうあなたは頑張ったのだから。

綺麗事は『普通』に生きてきた人が言えること

自分は生きることに執着がない。

早死にしたいとすら願ってしまうくらい。

恋人といても、友人といても、仕事の人といても、話したこともない人たちの雑踏の中に紛れていても、

常に、孤独があるような気がしているのだ。

自分のコピー人間などいないと思いつつ、同じ感覚を、感性を、持つ人が欲しいのだと思う。

『傷ついたら傷ついただけ強くなれる』のだろうか?

確かにそれはそうなのかもしれない。

だが、割れたガラスをどんなに綺麗につぎはぎ合わせても、元の状態にはならないし、元のよりも簡単に割れてしまって耐久力がないように、人の心もそうなんじゃないかと思う。

実際は、傷ついたら傷ついただけ弱くなっていくような感覚がする。

でも、傷ついた人は同じように傷ついた痛みがわかるのも事実。

引き裂かれるような思いをしたことがない人は、想像したって腹の底から『理解』できないからである。

『死のう』なんて一ミリたりとも思ったことのない人に、この苦しみがわかるはずがない。

自分もあなたもうまくいきますように

『死を意識して生きるということ』

私は生まれたくなかった。

今でも希死念慮に蝕まれて生きている。

生きていこうとはできないから、せめて死なないようにしている。

自分の未来はこれからも楽しいことがたくさん待っている。それが何なのかはわからないけれど。

この自分だけの人生は悲しみながら少しずつ良くなっていくのだ。

だから、大丈夫。安心して生きていい。

そして、そのまま静かに、消えゆくように死にたい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました